私のストーリー②

第4章 迷走期

高校を卒業した私は

絵を描く仕事がしたい。例えばイラストレーターのような……。

という漠然とした夢を持っていました。

そこで、本屋で「イラストレーター年鑑」を購入し
第一線で働いているイラストレーターの経歴を調べるて見ました。

すると、セツモードセミナーという学校の出身者が多い事に気がつきました。

さらに調べると、
セツモードセミナーはファッションイラストレーションの第一人者、
長沢 節さんが弟子になりたいという人が大勢来たため
立ち上げた私塾ようです。

私は、とりあえずセツモードセミナーに入ることに決めました。

当時、セツモードセミナーはとても人気があり
何年も浪人している人もいたほどです。

長沢節先生は、
「試験でその人の将来的な絵のセンスなんて測れない」
という考え方でしたので、入学試験はなく、抽選。

私は幸運なことに、1回で、希望していた夜間部に
キャンセル待ちの補欠から滑り込むことができました。

昼には営業の仕事をして、夜に学校に行き絵を学ぶ生活に突入です。

 【私がセツモードセミナー入った時にはご存命だった、長沢節先生。

90才こえていても背筋もシャンとして、
とてもスタイル抜群でかっこよくお茶目な人。

生徒と一緒にクロッキーして、絵の講評をして、とても身近な存在でした。

最初は「下手くそ」「足首がダメ、セクシーじゃない」「クビ!」など言われましたが、2年目くらいに「いい絵描くじゃないの!」と言ってくださったのがよい思い出。

私の在学中に大原での風景画合宿中の事故がもとで亡くなりました。】

セツモードセミナーでは主な授業は、モデルのクロッキーが中心で、
イラストレーターになる授業というものはありませんでした。

たまにセツモードセミナー出身のイラストレーターさんが特別授業として体験をお話ししてくれたり、絵を見てくれる機会などがあったものの

ただ通っていただけの、受け身な生徒ではどうにもなりせんでした。

3年間通って研究科までいきましたが、友達とグループ展をしただけで卒業。

当初のイラストレーターになりたいという夢も、どんなイラストを描きたいのかもハッキリせず、

営業の仕事も辞め、適当なバイトで食いつなぎ
悶々としていたそんなある日、

ふと、昔のことを思い出しました。

「そういえば、私は自然の中を歩くことが大好きだったな。
修学旅行より林間学校に箱根に行った時の方が楽しかった。
あぁ、また、森に行きたい。いっそのこと、登山とかしてみたい。」

そんな気持ちが強くなってきました。

しかし、登山の仕方などは分かりません。

周りにアドバイスを聴けるような人もいませんでした。

いつか、行けたら良いな……。

くらいに思っていました。

そんなある日、手に取ったアルバイト募集雑誌に、

《リゾートバイト特集》

という記事ありました。
なんとなく眺めてみると。
そこに《山小屋特集》とありました。

私の脳内で声が聴こえました

「山に登る方法がわからなければ、

山小屋で働けばいいじゃない!」

そう思ったら行動は早く、
掲載ていた山小屋のいくつかに履歴書を送りました。

そしたらなんと、

一番最初に履歴書を送った山小屋に採用していただき、
6月から10月の3ヶ月間、住み込みで働けることになったのです。

ほどなくして
お世話になる山小屋から、山小屋生活に必要な道具などが書いてある丁寧なお手紙をいただきました。

登山靴にザックにアウトドア用の雨具。ヘッドライトなどなどを
私には馴染みのないものばかり。

素人の私は、どう選んで良いのか
わからなかったので、

5万円を握りしめ、横浜で一番大きな登山グッツ売り場のあるショップに行き、
店員さんに山小屋から手紙を見せ

「この5万円で全てみつくろってください!」

と、まるなげで道具を揃えてもらいました。

【のちに、山小屋のおかみさんに

「すごく良い靴とザックだったから、凄い登山慣れしているのかとおもったわ」

と言われる。

ありがとう、店員さん!

ことの経緯を話すと、

「良いお客さんね」と言われる。】

第5章山小屋生活

6月後半。

いよいよ、真新しい登山靴を履き、ザック背負い、いざ山小屋へ。

新潟駅から山行きバスへ乗り、
標高1457m。
北アルプスの山小屋へ到着しました。

6月下旬ですが雪すこし残っていて下の街より10度ほど気温も低く、
ヒンヤリした空気。

今までいた世界とはまるで違う
異世界に来た気分でした。

山小屋は、家族経営で

アルバイトは一番多い時期で8人ほどでした。

最初はとても緊張しましたが、
家族ぐるみのアットホームな雰囲気に
すぐに慣れることが出来ました。

携帯電話は通じないし、インターネットももちろん通じません。

山小屋の仕事内容は旅館と似たような感じです。

ただし、時間がめちゃくちゃ早い。

朝は3時半から起き出して
朝食の支度

山小屋なので朝ごはんが4時半や5時からです。

6時頃、お客様を送り出した後、私たちの朝ご飯。

部屋や施設の掃除をして
9時のコーヒータイムの後、
順番で2時間ほどの休み時間があります。

実質1日のうちで自由なのがこの休憩時間くらい。

(朝の業務前と夜の業務後は自由ですが、自家発電のため
電気が夜9時には完全に消えるので、ヘッドライトの明かりで行動することになります。)

私は、女性2人と休憩する班が別れてしまったので、期間中ずっと
一人で休憩時間を過ごすことになりました。

仕方がないので、
家から適当に持ってきた
小さなスケッチブックとペンと
固形絵具で風景画を描き始めました。

私はそもそも風景画は好きではありませんでした。

しかし、風景しか描くものがなかったので、仕方なく描き始めたのです。
休憩時間のたびに一人で外に出てスケッチブックを広げて描き始めたものの、

最初は花の1本も満足いく様に描けず落ち込みました。

それでも、他にやることがないので描き続けます。

(絵をハガキ大の紙に描いて、裏面に文を書き絵葉書として家族に送ったもの。)

少しだけ描けるようになったので、

次は近くの滝を描くことにしました。

両手大ほどの小さなスケッチブックしか手元になかったので
それを横にかまえ。

滝の上から描いて、紙のハシまできたら切り取り
下に新しい紙を継ぎ足して、

6枚ほど紙をつなげたスポーツタオルくらいの長細い滝の絵が完成しました。

固形絵の具で色をつけたのですが、
生まれて初めて自分で納得できる、良さげな絵に仕上がりました。

5日間かかった大作です。

(この絵はこの後、買い手がつきまして、今は手元にありません)

少し風景画が好きになり、

気を良くした私はもっと大きな絵を描きたくなりました。

夏休みになると、
私の家族が山小屋に遊びに来ることになったので、
その時に大きな紙を何枚か持ってきてもらいました。

そして、
3ヶ月の山小屋生活の唯一の休日。

お盆明けの3日間。

白馬岳に登山をして、そこで大きな絵を描くことにしたのです。

第6章 初めての登山

登山の仕方を知らないので、山小屋に行けばわかるはずと思っていた
登山ど素人の私ですが、

山小屋の御主人曰く
「お前なら大丈夫」との声のもと、

最初から1人で白馬岳(2,932m)へ登ることになりました。

(とはいえ、初心者の単独登山はとても危険なのでやめましょう。
私の場合は2時間後から後発の3人組みが同じコースで来ることになっていました。)

絵を描こうと思っていたので休憩を通常のプランより多く取るため
後発隊より2時間早い、明け方に山小屋を出て

白馬岳山頂で2連泊をして、その間に絵を描き
来た道を引き返すコースを取ります。

絵の具は重たいので、
紙とペンと廃材で手作りした折りたたみできる画板だけ持って行きました。

そして、生まれて初めての登山へ。

地図と木々についているリボンや岩に描いてある矢印を頼りに
黙々と進んで行きます。

お盆明けなので、会う人は少ないですが、2時間に1組ほどすれ違います。

最初は10分おきにハァハァ息が上がって休憩していたのですが、
30分もすると調子が出て来て、モリモリ歩ける様になりました。

生まれてこの方、見たことのない景色の中、黙々と一人で歩いていると
自分との対話が始まります。

たま振り返ると、信じられない様な遠くまでの山々が連なる峰が見えて
こんなところまで一人で歩いて来たの!?

と驚くばかり。

まるで瞑想の様な不思議で楽しい初めての山歩きでした。

山の天気は変わりやすいので、雨が降ったり止んだりを頻繁に繰り返します。

晴れている時に行動食を食べて、
スケッチブックを取り出し30分ほどスケッチ。

1時間もしないうちにまた雨が降り出すので、急いで道具をしまい
また歩くの繰り返しです。

普通の登山者よりもずっと時間をかけ、1日目の白馬山荘に辿り着きました。

後から来た仲間とともに食事をして、同じ部屋で
今日の登山のことを語り合いながら眠りました。

次の日、仲間の3人は次の山へ縦走に行きました。

私は白馬岳頂上にある別の山小屋に泊まるのですが、
初日の山小屋とはごく近くにあるので、
一人でのんびりと絵を描く日。

白馬大雪渓を描きに山小屋でアイゼン借りてを雪渓を降ったり、
ここは!と思う景色の場所でゆっくりと絵を描きました。

山はガスと言って濃い霧のような雲のようなものが突然視野を塞いだりするのですが、

絵を描いていると、ガスのせいであっちが見えて、
こっちが見えないということが
常です。

ガスが無いところから描き始めて、
見えないところは放置作戦で進めるのですが、

私のいるところ、すっぽりガスに覆われて何も見えなくなることもあります。

そんな時は、あきらめてお昼寝をします。

起きるとガスが晴れていたので描き進めて………。

自然に合わせてのんびりし絵を描いていると、
自分も自然と一体になったような不思議な感覚がしてきました。

ああ、風景画を描くって楽しいなぁ。

心から思ったひとときでした。

最終日、今日は自分の働いている山小屋に戻らなくていけないのに、
なんと大雨に見舞われました。

風も吹き荒れ、
朝から白馬頂上宿舎は慌ただしく、みんな深刻そうな顔をしています。

私は、一人では帰れる気がしなくて不安で今日は降りられないと思ったのですが、

なんと、幸運なことに、私が働いている山小屋のもうひとつの隣の山、
朝日岳の山小屋のご主人が、お連れ様と2人でいらしていて、

朝日小屋に帰るとのことでしたので
途中まで一緒に山を降りてくれることになりました。

お二人は私の前と後ろでリードしてくれ危ないところを
なんとか通過しました。

お二人と別れる頃には天気も安定してきて、
無事に自分の山小屋へと帰ってくることが出来ました。

帰りはもう必死で、死ぬかと思った以外はよく覚えていません。

脚はパンパンで一週間ほど筋肉痛に悩まされましたが、

生まれて初めての登山は
本当に素晴らしく、楽しい思い出いっぱいでした。

自然と一体になって風景画を描くことの楽しさにすっかり
ハマり

そして、また少し、
「もっと大きな絵を描いてみたい」
と、欲が出来てきました

続く

お世話になった山小屋

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