私のストーリー①

こんにちは
藍 みつるです。

私のブログにいらしてくださってありがとうございます!

このブログは皆んなと楽しく生きられたらいいなと思い立ち上げました。

私は今、

風景画でありイラストレーターであり、似顔絵師であり、
アロハタロットの占い師です。

私の人生を振り返ってみると
大きな存在のちからが働いているとしか思えない人生でした。

後から振り返るとバラバラだったっ
パズルのピースが全てつながり大きな絵として完成していきつつあることがわかります。

そして、これから先、
私がどうありたいのかを考えた時、

何か、私にしかできない事で、沢山の人に貢献していきたい。

全てのピースがハマるような感覚をみんなにシェアしたい。
そう思うようになりました。

このブログを始めるにあたって、少し長いですが、
私のストーリーを何回かにあ分けてシェアします。

第1章 子供時代

私は、神奈川県横浜市で生まれました。

横浜と言っても端っこの方、当時はまだ田舎で
近所に畑もあり、家の後ろには牛舎があるような
自然あふれる町の、古びたアパートに家族4人で暮らしていました。

父は明るいマッチョな海上自衛隊
母は太っ腹の肝っ玉母さんで看護師
3歳下のおっとりした弟。

父は船が出航すると数ヶ月帰らないこともあり、
母もまた夜勤がある不定期な仕事。

なので、同じアパートに住む叔母のもとに預けられたり、
保育園の同じクラスの子のお宅に預けられたりしながらも
沢山の人手のお陰で元気に育ちました。

子供の頃から絵が好きで、暇さえあれば絵を描いていました。
家の襖は私が落書きしたあとだらけ。

お姫様や女の子より、ユニコーンやペガサス、人魚姫や妖精など、
ファンタジーなふしぎな世界が好きでした。

小学生になっても相変わらず絵を描いている日々。

父も母も日中いないので、学童保育に行くよう言われていたのですが、
行かずに家で黙々と絵を描いたり、石膏人形を作れるキットで遊んでいました。

自然も好きなので、田んぼでドジョウを採ったり、
大きな木の上を秘密基地にしたりと、アウトドアも満喫。

そして、不思議な物事が好きなのも相変わらずで、
一番好きなアニメはゲゲゲの鬼太郎や悪魔くん。
妖怪辞典や妖精の本などを愛読。

星占いやおまじないなんてもの好きになり、
占い雑誌の付録のタロットカードを大事にしていました。

昔でいう鍵っ子でしたが、それを寂しいと思うこともなく、

他の子達はうるさい親が昼間っから家にいて大変だなぁと思っていたくらい
好きなことを好きなだけやるマイペースな小学生時代でした。

第2章 いじめられっ子

小学生3年生の時に新興住宅地に引っ越してきました。

ボロボロ古いのアパートから新築の鉄筋コンクリートのマンションへ。
家族全員に一部屋ずつあり、とても広いきれな私のお部屋に心が踊ります。

「我が家は貧乏って訳ではなかったんだな」と衝撃を受けました。

新しい環境に馴染むのが最初は大変でしたが
すぐに慣れ、友達もできました。

そして一人部屋になったことにより、
またしても絵に没頭する生活をします。

大好きな不思議探求にもより精が出て
あの例の怪しい素敵な雑誌「ムー」にまで手を出すようになっていました。

引っ越したばかりでクラスに馴染むことはできたのですが、

小学校5年生くらいから中学2年生にかけて、

特定の男子にからかわれたり、聴こえるように悪口を言われたりする
軽いイジメにあいました。

物を取られたり暴力を振るわれたりするような
イジメではなかったものの、
小学生の私にはそれなりに不快で傷ついていました。

担任の先生は個人面談の時に
「大丈夫か?」と気にかけ、気にかけてくれました。

しかし、当時の私は自分の弱さを見せることを何より恐れていたので、

「は?何が?あんなヤツ相手にしてないんで別になんとも思ってないですけど何か?」
という態度で突っぱねていました。

なぜ、そんな強がりな性格になったのか。

思い返してみると、

私は幼い頃から色々な人に預けれられ、
その家でうまくやって行くために自分の本心を隠すことが得意になっていました。

預けられた先で、その家庭のお子様と自分とは
当然対応の差がありましたのでそこで傷ついたプライドを誤魔化すために
平気なふりをすることが習慣になっていました。

弟も一緒に預けられていたので、弟の前で弱い自分は見せられませんでした。

また、よくある話ですが、長女だったために
「お姉ちゃんだから我慢しなさい」と子供の頃から言われていたので
なおのこと親にも甘えたり、自分の欲求や助けてほしいことなどは
言えないようになっていたのです。

そして、当時はそんなこともわからないプライドの高い私は
イジメの苦痛から逃れるため、私はすごいんだと思うため
相手を見下すために

「精神世界」「哲学的」「自己啓発」というジャンルの本を
読み漁るよになりました。

今まではどちらかというとクラスのムードメーカーで
周りを笑わせるとような役だった私は、
どこか一歩引いたところで皆んなに興味が無いようなキャラクターになっていました。

とは言え、私をイジメるのは2人ほどで他の人たちとは
悪い関係でもなく、クラスが変わればそれも無くなります。

当時を思い出すと、くらいトンネルの中を一人で歩いているような辛い時期。

ですがこの頃、強がるために読見漁った本を通して学んだ考え方、生き方など、
今の私のベースになっています。

第3章 高校生からの進路

中学生の時にひねくれた性格はすぐに直るものでもなく
私は高校生になっても少し、クラスから浮いていました。

浮いてはいましたが、絵の上手い親友とつるんで
放課後は喫茶店で遅くまで絵を描いたり、カラオケ行ったりと楽しく過ごしました。

高校に入る頃には、将来的に絵を描く仕事につくのだろうなと
漠然と思っていました。

絵を描くには美大に行けば良いのかな?と思っていたのですが、
どこの美大に見学に行っても、本当にやりたい絵では無いなと感じて、
美大受験に積極的にはなれませんでした。

両親は、成績や進路については厳しいタイプではなく
放任に近かったのですが、大学には行ってほしそうでしたので、
親と先生に流されるまま美大の予備校には通っていました。

しかし、選考したデザイン科でもピンとこないし、
日本画、油彩画どれもやりたくありません。

私はイラストレーターになりたいと思っていました。
それにしては美大のあまりに高い学費を払う意味もよく分からなかったのです。

今になって思えば、デザイン会社に入ったり、業界で横のつながりを作るのには
美大の派閥のようなものはとても意味があるのだということは理解したのですが、
当時の私にはお金と労力と自分のやりたいことに釣り合いが取れてるとは思いませんでした。

そんなことを思っていたので、
大学に行くことを期待して、予備校代を出してくれた両親には申し訳なかったのですが、
学びが身に入らず、競争率の厳しい美大では案の定、全て落ちました。

もともと、美大に思い入れのなかった私はショックを受けることもなく、
そのまま就職をして、働きながら、イラストレーターが多く出ている個人の学校
「セツモードセミナー」の夜間部に通うことにしました。

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コメント

  1. しも より:

    先週のセミナーの終わりにいきなり話しかけた者です^^。
    2万文字越えとは思えないくらい、夢中になって読みました~。
    続きも楽しみにしています。

    1. aimitsuru より:

      しもさん

      こんにちは!読んでくださりありがとうございます。
      とても嬉しいです。

      最終話まで掲載しました。

      これからも更新していきますね。
      よろしくお願いいたします。

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